MANIC

暗号を解読しながら日記を読む内省的なアドベンチャーゲーム『The Wake: Mourning Father, Mourning Mother』レビュー

『The Wake: Mourning Father, Mourning Mother』は他人の日記を読むテキストアドベンチャーゲームであり、ビジュアルノベルやサウンドノベルに近い作品となっている。 しかし、選択肢のようなものはなく、代わりに日記は不可思議な仕掛けで暗号化されており、読みすすめるにはいくつかの暗号を解読する必要がある。 暗号と言ってもかんたんなもので、作中で解読方法はすべてフォローアップされているので暗号に関する特別な知識は必要ないデザインとなっている。 また、暗号の解読そのものが主題ではなく、あくまで文章として書かれた物語の読解が中心となる。

本作は『Replica』、『Legal Dungeon』を手掛けた気鋭のクリエイターSomiが送る罪悪感3部作のラストを飾る作品だが、実際には前2作とは大きく異なった印象を与える。 『Replica』は他人のスマートホンを勝手に操作し、情報を収集する脱出ゲームに近い作品である。 また、『Legal Dungeon』は警部補となって報告書を頼りに意見書を書き上げ、検察に提出する法律をテーマにしたミステリーゲームだった。 この2作に共通する特徴は大きく3つある。 1つに、強い罪悪感を伴う行為をプレイヤーに強いる点。 次に、現実の行為をゲーム化している点。 最後に、社会的なテーマを扱っている点だ。 罪悪感は本作にも共通するが、ゲームプレイとテーマは大きく異なっている。

前述の通り、本作も罪悪感を扱っており、だからこそSomiはこの3作を罪悪感3部作として位置づけている。 しかし、前2作はプレイヤーが罪悪感を感じる主体であり、プレイヤーにより積極的に罪悪感を伴う行為をゲームプレイとして強いるデザインをしていた。 が、本作では罪悪感を感じる主体は専ら作中の主人公であり、プレイヤーがすることはパズルを解くことと文章を読むことであり、以前ほど積極的にプレイヤーの手を汚すデザインにはなっていない。 それだけでなく、本作では主人公とプレイヤーの位置関係が遠のいている。 前2作でもプレイヤーと主人公は明確に別人格ではあったが、能動的なゲームプレイを通してある種の作為的な混同を生み出していた。 本作ではプレイヤーと主人公を繋げる媒介が何もなく、それ故に少しドライ過ぎる印象を受けた。

反転フラップ式案内表示機によるテキスト表示。画的に映えにくいテキストアドベンチャーゲームをビジュアルノベル以外のフォーマットでユニークに補強する手法は『シルバー事件』を彷彿とさせる。

なお、罪悪感3部作と銘打たれてはいるが、それぞれが独立した作品である。 よって、前2作をプレイしていなくても本作を遊ぶことに何ら問題はない。

チープなパズル

本作の暗号は一般に換字式暗号と呼ばれるもので、アルファベットを一定のルールで置き換えるものである。 例えば本作にも登場するシーザー暗号はアルファベットの周期をn文字分ずらして置き換える暗号方式で、2文字左にずらすシーザー暗号ではAをC、BをD、XをZ、YをAに置き換える。 つまり、OCPKEと書けばMANICと読める。

暗号の種類は実在する古典的なものだが、ゲーム内で適切なフォローアップがあるため暗号に対する特別な知識は必要ない。

これらの置き換えルールを装置下部のプラグを使って表現する。 例えば、AのプラグをCに差し込めばAをCに置き換えるルールを示したことになる。 本作では述べ5つの置き換えルールを示せばアルファベット26文字全ての置き換えを示したこととして扱ってくれる。 ただし、1つでも不適当な置き換えルールがある場合は正答にならない。 置き換えルールが正しければ下部左側のLEDランプが緑色に点灯する。 ただし、チャプターが進むにつれてLEDランプは上から順に壊れていく。 つまり、2つのLEDが壊れている場合は3つの置き換えルールが正しく提示されると初めて点灯する。総当り攻撃を防ぐためだろう。

多種多様なとまでは言えないが、暗号のバリエーションはいくつかある。

さて、前2作の白眉な点としてあった、現実の行為をゲームに落とし込んでいるデザインは本作では鳴りを潜めている。 本作では日記を読む行為がゲーム化されていると言えなくもないが、そのような行為は既に十分ゲーム化されている。 また、暗号の解読などは日記を読む行為とは関係がない。 物語とパズルという組み合わせはゲームとしては古典的で、前2作でもそのようなデザインが踏襲されていた。 しかし、『Replica』ではスマートフォンのロックを解除したり、SNSのパスワードを探し出すといった具合にパズルが自然な形で組み込まれていた。 ミステリーゲームである『Legal Dungeon』は言わずもがなである。 正直言って他人の日記を盗み見るというゲームプレイは他人のスマートフォンを盗み見る『Replica』に行為として似ている。 にもかかわらず、『Replica』の時にあったシチュエーションに沿った自然なパズルが失われてしまったのは残念だ。

さらに言えば、暗号の解読はそれ単体で面白いとは言えず、せいぜいがミニゲーム程度でしかない。 そして、日記を読む、暗号を解読する、日記を読むを交互に繰り返すゲームプレイは素朴に物語への集中を阻害している。 本作では一度解読したチャプターはビジュアルノベルでよくあるようなバックログ形式でインスタントに読み返すことができる。 はっきり言って、初見では物語を無視してさっさと全てのチャプターを解読してしまい、クリア後に各チャプターをバックログで読み返したほうがいくらか物語に集中できる。 ただし、その場合はただでさえドライなゲーム体験はますますドライなものになってしまう。 また、後述するように、本作のテキストはそれ単体で読ませられるほどの強度を持っておらず、バックログで読むとますます味気のないものになってしまう。

本作では解読のための簡易的なツールが用意されている。もちろん使うかどうかは自由であり、紙とペンで取り組むのも趣があっていいだろう。なお、筆者は後半の暗号で紙とペンが必要になった。

本作の暗号は、その内容までもが物語との関係性が極めて薄い。 本作の物語は別に暗号をテーマとしたものではないし、暗号の鍵が物語の鍵となることもほとんどない。 実際には、とあるチャプターで暗号の鍵が物語との関連性を見せるが、そもそもこの暗号は主人公が施したものなのか、日記が持つ特別な機能なのかがいまいち判然としない。

凡庸なテキスト

『Replica』や『Legal Dungeon』は社会的なテーマを強く打ち出した作品として一定の評価を得ている。 インディーゲームはその市場性から、しばしばメジャーシーンよりも社会的なテーマを伴った作品が作られやすい。 しかし、その中でもSomiの手掛ける作品はより直接的に、よりシリアスに現代的な問題を描いていた。 特に『Legal Dungeon』は警察の行き過ぎた成果主義への警句といったシリアスで陰鬱とする未解決な問題を正面から描ききった快作だった。 『パラサイト 半地下の家族』を代表とする近年の韓国映画の社会派ムーブメントを見ると、同じく韓国人クリエイターであるSomiが社会的なゲームを手掛けることはそう不思議なことではないように思える。

本作にも社会的な問題は表出している。 韓国を舞台とした作品であることから韓国文化が相当に下地にあることは間違いないし、作中で主人公の幼少時代が描かれるシーンでは女性蔑視的なシーンや片親に対する風当たりの強さなどの閉鎖的な社会背景を十分に想起させる描写があった。 しかし、本作は極めて個人的で内省的な物語表現に徹しており、主題は主人公を中心とした親子の愛憎にある。 前2作ではむしろ主人公のバックボーンが意図的に隠されていたが、本作ではあくまでパーソナルな物語として纏まっている。 特に、前2作の罪悪感が個人=プレイヤー=主人公の罪を許す/促す社会構造=ゲームメカニクス批判という形で罪の原因を社会に向けていたのに対し、本作ではあくまで主人公たる個人の罪と向き合う姿勢はむしろ正反対であるとさえ言える。

全てが事実ではないだろうが、作者自身の体験がベースになった私小説的作品であることは間違いない。

物語が個人的で内省的であることはいいのだが、その物語が私の心を打つことはなかった。 もっとも、物語は良し悪しよりも趣味が強く出る要素と言えるかもしれない。 しかし、私が最も失望した点として、ハッとする1文、感性が磨かれるワンセンテンスについに出会えなかったことがある。 つまり、プロットでもキャラクターでもオチでもなく、文章表現そのもののこなれなさを感じざるを得ないのだ。 ゲームクリエイターに詩的で豊かな修辞技法を求めることは酷かもしれない。また、日本語翻訳上の問題である可能性もある。 いずれにせよ、日本語版の『The Wake: Mourning Father, Mourning Mother』をプレイした限りにおいて、テキストが凡庸に感じたことは事実である。

本作は感情の吐露を最小限に抑えた抑圧的でドライな物語構造となっている。 だからこそ文章表現の比重は否応なく上がってしまう。 要するに、テキストがこなれていない純文学を読んでいるような感覚であり、これはもう体験として辛いものがある。 プロットレベルでのわかりやすいエモーショナルさを抑えた構造を持っているだけに、テキストで惹きつけられなければそれこそただの独白でしかない。 本作は日記の読解を中心に展開するが、作品全体が私小説に成りそこねた日記のような印象さえ受けてしまう。 『Replica』や『Legal Dungeon』でもテキストを特別秀逸には感じなかったが、さりとて苦痛を感じるとも思わなかった。 しかし、ゲームプレイを廃し、プロットの起伏さえ廃してしまった本作において、期待する水準には達してはいない。

日記に嘘を書くとさらなる嘘で上書きされるという部分はよくわからなかった。黄色の文字が暗号化されていることで嘘で上書きされたということを表現しているのだろうか?だとすれば「私の言葉はすべて嘘だ」も嘘になる。これは古典的な自己研究のパラドックスに当たるが、どうも黄色文字は本当のことを言っているように―主人公のエモーショナルな感情に立脚した部分に―見える。

フェティッシュなビジュアルデザイン

最後に、『Replica』や『Legal Dungeon』同様、本作もミニマルでフェティッシュなビジュアルデザインは健在だ。 ガジェット好きにはたまらない「ガチャガチャ動きそう」な、エニグマ暗号機のようなビジュアルデザインをした日記や、その日記以外の画面が登場しないミニマリスティックなアプローチはSomiの作風がいかんなく発揮されている。

本作のビジュアルデザインは素晴らしいものの、一部のデザインは視認性に問題がある。 特に暗号解読時に使うプラグ差込口のそばにあるフォントは低解像度のビットマップフォントであり、非常に読みづらく目が疲れる。 これはビジュアル表現を優先した結果、ユーザービリティが犠牲になったと評価せざるを得ない。 しかし、本作は2時間程度でクリア可能な分量であり、許容範囲内とも言える。

FとPやUとVなど、一見しただけでは区別が難しいドット調のビットマップフォント。

Somiの罪悪感3部作はいずれもゲームとしては独特なビジュアルであり、ゲームと言うよりもツールに近い見た目をしている。 特に『Legal Dungeon』のそれはVSCodeを強く想起させるUIをしている。ツールとしてみたときに、本作の潰れたフォントはなんら擁護できるものではないだろう。 ツールには何らかの事務的な目的が存在しているものだし、そもそもツールはゲーム以上に多様なユーザーを受け入れる必要があるため、健常者にとって視認性が悪いフォントは視覚障害者にとって致命的であることは想像に難くない。 もちろんゲームでも多様なユーザーを受け入れられるに越したことはないだろうし、現にアクセサビリティの議論は現代のゲームにおけるホットトピックの1つだ。 それでも、ゲームはある種のアヴァンギャルドなビジュアル表現をしばしば追い求める。 少なくとも筆者は本作のビジュアルデザインをゲームとして素晴らしく、好ましく思う。 多少視認性が悪くとも、かっこよければそれでいいのだ。 それはゲームとツールの大きな差異であり、ツール的な本作をゲームたらしめる何よりの根拠となりうるのである。

総評

パズルが物語への集中を阻害しているが、パズルなしに文章だけで読ませられるほど優れたテキストとは言い難い。 韓国文化、葬式、親子の愛憎など、いずれもゲームではあまり見かけないテーマであり珍しさはある。 しかし、ゲームとしても散文としても中途半端と言わざるを得ない。 これまでにSomiの手掛けた作品はいずれも実験的だが、本作は特にその傾向が強い。 問題は、過去作にあった荒削りだろうとも存在した力強い美点が本作には見当たらないことだ。

GOOD

  • 特徴的なデザイン
  • 個人的で内省的な物語

BAD

  • シチュエーションとパズルの不協和
  • 物語への集中を阻害する退屈なパズル
  • 魅力に欠けるテキスト
  • 傑作
  • 秀作
  • 良作
  • 佳作
  • 凡作
  • 駄作
凡作

ここまで直接的に個人的で内省的な物語を導入したゲームは珍しい。しかし、テキストの弱さやつまらないパズルが感傷を阻害する。

タイトル: The Wake: Mourning Father, Mourning Mother 作者: Somi リリース: バージョン: 0.96 プラットフォーム: Windows, macOS 価格: 520円 言語: 日本語 レビュアー: 吉井歩 プレイ時間: 2時間